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  • 誕生

    兵庫県のとある市民病院で誕生。危篤状態で生まれ、お医者さんや看護師さんが急いで処置をしてくださり、なんとか息を吹き返す。

    この時に私はきっと「ちょっとやそっとでへこたれない生命力」を手に入れたのだと思います。
  • 幼少期
    両親そして兄1人の4人家族。幼少期の思い出と言えばピアノ。プロのピアニストを夢見ていた母親のもと、幼稚園入学とともに母親のスパルタ教育が開始。また絶対的存在の兄より日々いじめられて育つ。笑

    当時のピアノや兄の存在から「世の中を生き抜く力」を身につけられたと思います!
  • 小学生

    一輪車、サッカー、ローラーブレード、スケートボードなど、外で遊ぶのが大好きな小学生。同時にこの頃からオシャレに目覚める。髪の毛はパーマや茶髪にして、学校には迷彩柄の帽子とロングスカートに厚底サンダルを履いて学校に通う。笑

    海外に初めて興味を持ったのがこの頃。「世界がもし100人の村だったら」という本をきっかけに、その後も何かと海外に興味を持つようになる。ある日、母親に「留学したい!」と告げるが、母親からの反対(というか相手にもされなかった。笑)を受け、海外への憧れを心の奥底に封印。

  • 中学生/高校生

    中学入学後、友人に誘われてバレーボール部に入部。休みなく毎日ハードな練習をこなしていたので、引退の時を待ち望むようになる。しかし、中学3年生の時に市の選抜に選ばれたことをきっかけに、バレーボールが楽しくなる。

    高校入学後も、とにかくバレーボールに打ち込む。しかし、高校2年生の冬頃に大怪我をし、選手生命が絶たれたので、大学受験に励むようになる。高校3年生の夏時点で、偏差値40にも満たなかったところから、猛勉強の末、関西の私立大学 (文学部日本語日本文学科) に現役で合格。

  • 大学時代

    あれだけ勉強して入学したにも関わらず、大学生活に充実感が持てなくなる。そして大学2年生の時に中退も視野に入れ始めた頃、ふと「海外留学をしよう」と思い立つ。イギリスへ2ヶ月間語学留学へ行き、価値観が180度変わるほどの充実した留学生活を過ごす。帰国後「20代で海外移住」という夢を抱くようになる。

    詳しくはコチラ↓

    20代で12カ国訪れた私が語る「海外へ行くことのススメ」①短期留学編
    みなさん、こんにちは。Yukikoです。 先日私のインスタ内で どんな記事を読みたい? と質問したところ、返ってきた回答の1つがこちらでした。 Yukikoから見た、海外に20代で行く良いところ 私にとって「海外」は、色々...

    大学3年生の就活の際は、新卒で海外へ行くことも考えたが「どこの国で何をしたいのか」わからない状態で海外へ行くことは危険だと判断し、国内で就職。やりたいことが全くわからない中、海外への憧れは強くあり、積極的に海外展開をしていた企業に新卒で入社。

  • 社会人

    新卒でとあるアパレル企業に入社後、とにかくハードでパワハラな職場環境だったため、入社して半年後に体調を崩して休職。この休職期間に徹底的に自分自身を見つめ直し、知人のツテで教育関係の企業に転職。

    転職後も泣かず飛ばずの日々が続いた中、会社指令で営業部隊へ異動。その後、社会人3年目でようやく仕事が充実しだし、徐々に成果が出始める。

    一方で大学時代から抱いていた夢を叶えるため、休暇を上手く利用し、色んな国を訪ずれ視察。そして、25歳の時に訪れたニューヨークに衝撃を受け、ニューヨーク留学を志す。その後、約1年間は仕事と英語の勉強の両立に明け暮れ、26歳の時に退職しニューヨークへ渡る。

  • アメリカ生活

    最初の2年間はニューヨーク市の大学院に通う。卒業後もニューヨークに残ることを希望していたが、トランプ政権により外国人を採用している会社が無く、就職活動が難航。そんな中、ミシガン州にある企業から内定をもらい「ミシガンとは何ぞや?」という状態でミシガンに引っ越し、今に至る。

    ミシガン州について詳しくはコチラ↓

    ミシガン州ってどこ?在住3年目の私が紹介します!
    ミシガン州はニューヨークやカリフォルニアに比べたら知名度の低い州だと思いますが、実はあんな人やこんな人の出身地であったり、あんなことやこんなことで「実はミシガンってすごいんだよ」ということをこの記事で説明しています!
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