ウィル・スミスの平手打ち事件から見る日本とアメリカの違い

ウィル・スミスの平手打ち事件から見る 日本とアメリカの違い

こんにちは!Yukikoです。


先日開催された第94回アカデミー賞の授賞式で


ウィル・スミスがコメディアンのクリス・ロックを平手打ちした事件


日本でも大きく取り上げられていると思います。



この事件に関して、日本ではウィル・スミスに対して


「妻を守ろうとした夫」として、ウィルを称賛もしくは擁護する声が多く


ジェイダに対して”不謹慎な”ジョークを言ったクリスへの批判が多いと思います。


一方で、アカデミー賞の主催国であるアメリカの反応は、日本とは真逆で


多くの人が100-0でウィル・スミスが悪いと判断し、彼に対する非難が集まっています。


Twitterのユーザーデータによると、アメリカのほとんどの州でクリス・ロックが支持されており、逆にウィル・スミスを非難する意見が圧倒的に多いようです。


この一件に対して「日本とアメリカでの反応が大きく違う」ということを受けて


なぜアメリカと日本での反応がここまで違うのか、この一件から見るアメリカと日本の違いとは?


というテーマでお話していきます!


日本をアメリカと比較することで


日本という国への理解が深まり


また、アメリカ文化の特徴がわかりますよ!


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目次

アメリカでは「平手打ちをしたウィル・スミス」に対して非難が集まっているワケ

暴力に対する考え方の違い

アメリカでの暴力に対する人々の考え方は


正当防衛以外のいかなる理由であっても暴力はしてはいけない



という考え方です。


そのため、アメリカ社会全体で、暴力に対する許容は1ミリもありません。


特に、アメリカの学校では、幼稚園から大学まで


暴力に対してかなり厳しくルールが課せられています。


そのため、正当防衛以外のいかなる理由であっても


暴力行為をしたら、謹慎もしくは退学処分になります。


情状酌量の余地なし


これは学生同士の暴力行為だけではなく、先生による体罰ももちろん対象です。


万が一、先生が学生に平手打ちでもしようものなら


訴訟問題にまで発展するのがアメリカです。



対して日本では、アメリカと比べてみると、暴力行為に対してはまだ寛容だと思います。


最近では、体罰を問題として取り上げられるようになりましたが


一昔前の日本の教育現場では、先生が生徒を殴ることなど普通にありましたし。。。


子供同士の殴る蹴るなどの喧嘩に対しても、謹慎などの罰則はそこまで厳しく定められていないので


どちらかというと、生徒指導のみで終わると思います。



これらを見ても、やはりアメリカに比べて日本の方が


まだ暴力行為に対しては、寛容だと思います。

アメリカが暴力に対してここまで厳しいワケ

治安の悪さ

アメリカは日本に比べて治安が本当に悪いです。


人口10万人当たりの強盗発生率をあげると


日本が1.8件に対して、アメリカではなんと98.6件とかなり多いです。
(Reference: 日本の犯罪率は低い!: 殺人事件は人口10万人当たり0.2件)


この結果を見ても、アメリカがどれだけ治安が悪いか十分わかりますよね。


また、アメリカは教育格差や給与格差などを始めとした格差社会です。


例として、アメリカ人の成人の約8.1%が非識字者と言われています。

この教育格差が貧困を生み出す原因となり、貧困から犯罪に手を染める確率があがります。


そのため、公の場で暴力行為を許してしまうことは、犯罪行為を誘発させることと一緒なのです。

日本は殴っても根底に「仲間意識」がある

対して、農耕民族である日本人は、ムラ社会を基本として生活しているため


たとえ殴りあったとしても、根底には「仲間意識」があります。


そのため、暴力行為があっても最終的には「俺たち仲間!」という意識があるので


これも一つ、暴力行為に対して寛容である理由だと思います。

Friends


一方で、狩猟民族であるアメリカ人の人間関係は


「自己」と「他者」という「対」の関係性


そのため、日本のように根底に「仲間意識」があるわけではないので


殴ってきた相手は「仲間」ではなく「敵」になってしまうのです。

コメディの違い

アメリカはダークコメディ

アメリカのコメディでは、倫理的に避けられるようなタブーな内容を用いてジョークを飛ばしたり


時には、風刺的な表現や痛烈な皮肉で笑いを取るようなところがあります。


このアメリカのコメディのスタイルは「ダークコメディ」と呼ばれるもので


日本ではあまり好まれないコメディのスタイルだと思います。


では、なぜアメリカでこのダークコメディが受け入れられているのかというと。。。


アメリカでは、政治や社会問題などをダークコメディのネタにすることで


単純に笑いを求めるだけではなく、大衆に向けて問題を周知させるといった目的があります。



また、ダークコメディの多くは、他人をネタにしてジョークを飛ばすスタイルですが


これは単に皮肉や意地悪な気持ちを込めてジョークを言っているのかというと。。。


実は違います。




今回のアカデミー賞授賞式でクリス・ロックをはじめとした多くのコメディアンが


司会者として壇上に立ち、授賞式に参列していたセレブリティ達をネタにして、笑いをとっていました。



このように、コメディアンが壇上に立ち、参加者や客をネタにして笑いを取ることをロースト(Roast)と言います。


そして、このローストはアカデミー賞をはじめとした多くのセレモニーで見られます。


ローストの目的は、主賓をネタにして会場を盛り上げることにより


その人の素晴らしさを引き立てること。

そのため、ネタにされた主賓たちはかえってコメディアンに対して


「Good Humor (グッドユーモア)」と称え、気分良く受け止めます。


今回、クリスがジェイダに言ったGIジェーンのジョークについて


アメリカ国内でも、確かにジェイダを擁護する声もありました。


しかし、一方でGIジェーンのジョークに対して


「内容的には別にそこまでキツく無い。むしろ、ジェイダよりももっとキツいジョークを言われている人もいた」


という意見も多く見かけました。


そのほかには


「GIジェーンの主演女優の役は、強い女性を象徴しているので、このジョークはむしろ褒め言葉じゃないのか?」


と捉える人。


また、アメリカ人女性は、ファッションでスキンヘッドにしている人が割と普通にいて


見た目も美しくてカッコいいので


「このジョークをとても酷いと思う人は、女性のスキンヘッドは女性らしさに欠けるというバイアスを持っているのでは?」


と言う人もいました。

アメリカではジョークの捉え方に対しても、「自由の国アメリカ」らしく、多種多様であることが分かります。


だからこそ、ジョークに対して抗議をしたければ


暴力ではなく言葉を使うべきだというスタンスなんです。


アメリカ人の中にも、アメリカのダークコメディが嫌いな人ももちろんいます。

日本のお笑いは〇〇が大事

日本で仮に、このアメリカのダークコメディのお笑いをしてしまうと。。。


恐らく多くの日本人にとって、キツく聞こえてしまうと思います。


というのも、日本のお笑いは「共感性」を非常に重んじているから。


日本のお笑いは「老若男女問わず、どんな人にとっても気分良く笑えるものであるべき」


という感じなので


他人をネタにするのではなく、どちらかと言うと自虐ネタが好まれると思います。


ちなみに暴力タブーのアメリカでは、日本のお笑い文化の一つ「なんでやねん!」とツッコみ相方を叩くことは、あまり気持ちよく受け入れられません。

プロフェッショナルに対する考え方の違い

コメディアンはジョークを言うのが仕事

今回の騒動において、クリス擁護派のアメリカ人は口を揃えて


「クリスはコメディアンとして仕事をまっとうした」と言っています。


彼らの考えとしては


「コメディアンはジョークを飛ばすのが仕事。彼はアカデミー賞授賞式の舞台で、コメディアンとして仕事をしただけ」

という感じです。


反対に、ウィル・スミスの平手打ちはプロフェッショナルとしてどうだったかというと


多くのアメリカ人にとって、答えは「No」です。


「アカデミー賞でオスカーを取るような素晴らしい俳優なのだから、抗議をしたいのであれば言葉を使うべき。それが俳優としてのプロフェッショナルだ。」


と考える人が大半です。


あの平手打ち騒動が、仮にもともと予定されていた演出だったとして。。。


彼らが演技をしたのであれば


「さすがウィル・スミス、素晴らしい俳優だ!」となっていたかもしれません。


しかし、公人として公の場において「個人の事情」で暴力を振ったことに対して


「プロフェッショナリズムに欠けている」と考える人がアメリカでは大半なのです。

コメディアンの言うジョークが悪い影響を及ぼして、真似をする人が出てくるのでは?




と考える人もいるかもしれませんが。。。


それは言い訳としては通用せず


「彼らはコメディアンで、あなたはコメディアンではないので、真似をするあなたが悪い」という指導になります。


もし、コメディアンが言っているダークジョークを


コメディアンではない一般人が職場やプライベートで言うと、内容によってはかなり問題になるでしょうし


そこで「あのコメディアンが言っていたから・・・」という言い訳は通用しません。


なぜなら、コメディアンはコメディアンとして職業を全うしており


コメディアンでは無い一般人が、同じようにジョークを言っても許されるという保証は無いからです。

日本は「公」と「私」の区別がそこまで無い

対して、日本の反応を見ていると、ウィル・スミスやクリス・ロックに対して


彼らの「立場」よりも、まずは「人としてどうあるべきか」という観点で捉えているように見受けました。


ウィル・スミスに関して言えば


「オスカー候補者の公人として公の場にいる俳優が平手打ちをした」というより


「妻を庇うために、夫としてコメディアンを平手打ちした」


というように捉えている人が多いように思います。


このように、日本ではあらゆる場面において


「公」と「私」の間に一線を引くというよりかは


「公」と「私」の区別がアメリカほどされていないように見受けられます。

日本とアメリカの両国で「女性」として生きる私が思うコト

日本とアメリカの両国で「女性」として生きる私が


今回の平手打ち事件を受けて思うコト、それは。。。

  1. 女性は誰かに守られる立場ではない
  2. 正当防衛以外の暴力は、いかなる場合でもアウト


だということ。





今回の平手打ち事件を受けて


「ウィルは妻のジェイダを守るために殴った」


という論調をたびたび見かけましたが。。。


果たして「妻は」「女性は」誰かに守られるべき立場なのでしょうか?


女性だろうが、なんだろうが、立派な社会人。


大人のサポートが必要な子供ではありません。


嫌なことを言われたら、自分の口で相手に「止めてくれ」と伝えられます。


それなのに「夫に殴らせる」というのは。。。


同じ女性としてあまり好意的ではないです。


私たちは、男性女性という性別で分ける前に


まず「成人した社会人であり大人」。


「自分の想いを口で伝える」という能力は


男性にも女性にも平等に備わっているものだからです。





あとは、日本だろうが海外だろうが、正当防衛以外の暴力を容認するのは、危険だと思います。


かつて、モハメド・アリ役をしたこともある190センチ近くもあるウィルスミス。


そんな彼からあんな平手打ちをされたら。。。


当たりどころが悪ければ、耳に異常が残ったり、アゴが外れてもおかしく無いと思います。


言葉で人を傷つけるのも良くないですが


だからといって、人に危害を加えるのはもってのほか。


「殴ること」で「誰かを守る」ことはできないのです。

民族性の違いが浮き彫りに

ウィル・スミスの平手打ち事件を通じて、アメリカと日本の違いを説明してきました。


これまでの説明をまとめると


アメリカは

  • 正当防衛以外のいかなる理由においても暴力は断固反対
  • 他人を平気でイジるダークコメディが主流
  • 「公」と「私」の区別がはっきりとしている


対して、日本は

  • 暴力は理由によって割と許容されるところがある
  • コメディでは、何よりも共感性が大事
  • 「公」と「私」の区別がそこまで無い


という感じです。


これらをまとめると


アメリカは


狩猟民族で「自己」と「他者」という「対」のような感じで、その間にはっきりと境界線が引かれているような関係性


対して、日本は


農耕民族で「自己」と「他者」は「共同体」のような感じで、根底に「仲間意識」があるような関係性


です。

これは、どちらが良い悪いという話ではなく、それぞれの国の特性を示しています。


このような特性が分かれば、世界で起こっているあらゆる事象に対しても、より理解が深まりやすいと思います!


「アメリカってどんな国かもっと知りたい!」という人は、コチラの本もオススメです!

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