プロフィール

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こんにちは!関西生まれ、関西育ち

生粋の関西人アラサー(ゆとり世代ど真ん中)のエンディです。

関西の大学を卒業後、会社員として約5年勤めたのち

2017年に単身渡米。

ニューヨークの大学院を卒業後、就職でミシガン州へ。

そこで出会った男性と2022年に結婚し

2023年コロラド州へ移住。

現在は米系のデザイン事務所にフリーランスとして所属し

その傍ら、ブログやSNSなどで発信活動をしています。


ここまで聞くと、順風満帆な生活を送ってきたように見えると思います。


確かに、見方を変えれば


ある意味順風満帆な生活に見えますが


実際のところは、まったくそんなことないんです。


「人生迷子」「キャリア迷子」という言葉がよく似合う。


そんな日々をこれまで送ってきましたし


「なんだか自分の居場所が無いなあ」と寂しく思うほど


しんどい時期も過ごしました。


あるバンドの歌の歌詞にあるように


「ここではない〜どこかへと〜」と口ずさみながら


「本当にどこかへ行ってしまいたい」と思ったことが


これまでに何度もありました (笑)

そして、アメリカなうです


「自分の人生、どうしていけばいいかわからない。なにが正解なんだろう。」


と日々模索。(今でもたまにね)


でも一番なにも分かっていなかったのは「自分のコト」


自分と向き合うことが大の苦手だった私自身について


ここで自己紹介をしていきたいと思います。

目次

エンディの人生

親に認められたくて大学入学。馴染めない大学生活で見つけた夢

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21歳@フランス

私の家族は、両親と3つ年上の兄がいる4人家族で


典型的な昔ながらのよくある家庭でした。


子供の頃、どんくさかった私に比べると


兄は勉強もスポーツもよくできたので


女かつ2番目の子供である私は


両親からは、あまり期待されずに育ったと思います。

両親の注目は必然と常に兄へ


それもあって、高校卒業後の進路を決める時に


自分の将来ややりたいことなどを考えることもなく。


自分自身となに一つ向き合わず


親が納得しそうな進路を兄を真似て進むこととなり


関西の中堅私立大学へ入学。


必死に勉強して合格した大学にも関わらず


大学生活は全然楽しくなくて、モヤモヤしていた時期がずっと続きました。


「大学に入学したけど、卒業後どうなりたいんやろう」
「なんのために大学へ通っているんやろう」
「毎日惰性に過ごしているのが苦痛や」
「友達と遊んでもバイトしてても何してても、なんも楽しくないわ」


大学で授業を受けても、学食でご飯を食べても


バイトに行っても、友達とカラオケに行っても。


私の周りに何かしら人はいるのに、どこか寂しさを感じて。


当時の生活に全く馴染めず


次第に友人関係も上手くいかなくなり


悩むことが増えました。





大学2年生になり、中退を視野に入れ始めたころ。


英語も全く話せない中


ふと「海外に行ってみたい」と思い立ち


イギリスへ単身短期留学へ。

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この留学で、モノの見方が180度変わりました。


世界中から来たさまざまな人たちと関われたこと。


それぞれが各々のバックグラウンドを持ち、夢や目標に向かってがんばっている姿。


そして


自分のことが大好きで自分に自信を持って自分らしく生きている姿


を目の当たりにして


「私もみんなのように素敵な人になりたい!」
「私は私らしくいていいんだ!」


と前向きに考えられるようになりました。


イギリス留学を経験してから「20代で絶対海外移住をしよう」と思うようになり


大学を卒業してから、そのまま海外就職できる道は無いかと模索。


当時は、今と比べてまだまだネット社会ではなかったため


海外移住や海外就職に関する情報がほとんどなく。


今すぐ日本を飛び出して、海外へ行きたい気持ちはあったものの


「まずは日本で就労経験を積もう」と思い、日本で就職することに。


当時の私は「海外に関すること」以外なんの興味もなく。


また、この就職活動でも


「親に認められたい」「兄に負けたくない」という思いが強く


自分自身がどんな仕事をしたいかも全くわからないまま


就職活動はかなり難航しました。

新卒入社半年後に過労で休職

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22歳@大学卒業式

大学卒業後は、海外展開を積極的に行なっていた


アパレル業界の会社へ就職することに。


その会社でバリバリ働き、近い将来海外駐在ができることを夢見ていましたが


入社初日から「あれ?なんか違うぞ」と違和感でいっぱいに。


目をキラキラ輝かせながら、研修担当の話を「うんうん」と


頷きながら聞いている同期達を横目に


「もしかしたら入社したらマズかったかも」と嫌な予感が。


会社の雰囲気や同期、先輩社員や上司の方々など


その会社に関する全てのものに対して


直感的に自分と合う感じがまったくなかったんです。


「学生の時に見ていた景色と入社して見える景色は全く違う」


ということを入社初日にわかってしまい


これから始まる新しい生活に心躍らせる同期達のとなりで


「ここではないどこかへと逃げ出したい!」と疎外感でいっぱいでした。





新入社員研修が終わり、地元のエリアに配属されたその日から


目まぐるしいほど忙しい毎日を過ごすことに。


心休まる暇もないほど、とにかく長時間労働と上司からのプレッシャーに耐えるのに必死でした。


そんな日々を過ごしていく中、入社して半年ほど経った頃


過労とストレスで失声症を発症し、半年間休養することに。





家にこもり、ベットに横たわる生活が続く中


「私の人生終わったな」と失望する毎日。


同期や友人達が日々仕事に充実している姿を横目に


「なんで私はみんなみたいに頑張れなかったんだろう」


とめちゃくちゃ自分を責めていました。


ベットの中でふとんにくるまって泣きながら思い出すのは、イギリス留学での思い出。


イギリスで出会った前向きにひたむきにがんばる留学生たちを思い出して


「ここで潰れちゃいけない」と自分自身を奮い立たせました。


「20代で海外移住」という夢を絶対に叶えたかったし


「この夢を叶えるには今ここで負けちゃいけない」と強く思うようになりました。





また、この休養期間を過ごす中で


自分自身とちゃんと向き合うようになりました。


「親に認められたい」という一心で


これまで自分の進路を決めてきてしまったこと。


自分のキャリアの中で自分自身がやりたいことや


自分の強み、好きなことなど


自分のことについて、なんにも知らなかった。


そうやって、ありのままの自分を無視して


親や家族、友達や学校、先生など


自分以外の他人にばかりに意識を向けて決めてきた自分の人生に対して


充実感が全くないことに気づきました。


この時に、はじめて「世間体を気にする」ということに


なんの意味ももたないこと


そして「人生を歩む上で一番の力になるのは、自分」


ということに気づきました。

新卒2年目で転職するも、泣かず飛ばずの日々

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24歳。一人旅@中国の蘇州

1社目の会社を半年間休職したあと


知人の紹介で関西のとある企業へ転職することに。


前職での経験から、転職後は組織で働くことが怖くなっていたので


とにかく気に入られようと必死でした。


ミーティングや上司との会話でも、自分の本音は極力話さないようにしたり。


納得のいかないことがあっても、笑顔で受け入れ


理不尽に怒られて意味がわからなくても、とにかく「すみません」と平謝り。


自分自身を押し殺して仕事をしていたのは


前職を病気退職したことや1年で辞めたことに負い目があったから。


「私には自分の意思をもって働く権利なんて無い」と思っていました。


消極的な仕事の姿勢から、何をしても怒られてばかりで


結果も全くでないし、仕事の楽しさも分からずカラ回ってばかりいました。





そんな生活の中、唯一の楽しみは、休日。


転職先の会社は、残業もかなり少なく休日もちゃんと休めたので


休日はめいいっぱい自分の時間を楽しんでいました。


なかでも、当時の夢だった「海外移住」を叶えるべく


移住先としてどこが良いかを見定めるため、連休中に色んな国に訪れていました。

順風満帆な社会人生活の中、ニューヨークに恋に落ちる

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25歳。一人旅@ニューヨーク

泣かず飛ばずの日々を1年半過ごしたあと、会社指示で別の部署へ異動することに。


異動先は、もともと興味のあった部署だったということもあり


社会人3年目で、徐々に仕事で結果が出せるようになり


ようやく順風満帆な社会人生活を送れるようになりました。


一方で、20代半ばに差し掛かり


このままずっと日本で暮らすとなった場合


10年後の自分はきっと悶々と過ごしているだろうなと思ったんです。


「今の日本社会で女性として上手く生きていく自信がない」


そんなことを思うようになり


「20代で海外移住をする」という夢がより大きくなった頃。


たまたま見た映画「マイインターン」の舞台がニューヨークで


「なんか行ってみたいな」と、ふと思いたち単身ニューヨークへ。



ニューヨークの街に初めて訪れた時


今までの人生の中で感じたことのないほどの魅力を感じ


日本へ帰国する頃には


「私が移住する場所はニューヨークだ!」と思うように。


それからは、約1年半の間


仕事とTOEFLの勉強を両立する生活を送り。


2017年夏、4年弱勤めた会社を退職。


日本で働いてコツコツ貯めたお金、計600万円で


念願ニューヨークへ移住しました。

念願ニューヨークへ留学するも、悶々とする日々

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28歳。ニューヨーク生活を満喫している頃。

ニューヨークへ移住後、大学院へ入学しました。


本当は、アートやデザイン学部に進みたかったのですが


アートやデザイン業界での経歴がなかったので


卒業後の就労ビザ取得に対して、めちゃくちゃハードルが高いこと。


くわえて、当時の私の貯金ではアート系の学校の学費を賄えなかったので


これまでの日本で営業マンとして働いていた経歴を活かして


少しでもビザが出やすいように


そして、比較的リーズナブルに通える学校のビジネス学部へ進学しました。





憧れの街で新生活がスタートし


最初の頃は、毎日が新鮮でめちゃくちゃ楽しかったのですが


ニューヨークでの生活が慣れてくると、徐々に色々と思い悩むように。


留学生としてニューヨークで生活することが想像以上にキツく


特に金銭面と就職活動で心がくじけそうになることがめちゃくちゃありました。


ニューヨークの物価が高く、とにかく節約の毎日だったこと。


また、アメリカの政治情勢の変化で就労ビザがおりにくくなり


就職活動がかなり難航しました。


ニューヨークの街を歩いていると、みんなキラキラしていて。


自分の生きたいように生きている姿を見て


「外国人の私は、ニューヨーカーのようになれないのかな」と悲しくなった時も。


悶々と悩みながらも「とにかく今できることをやり切ろう!」


と自分を奮い立たせ、大学院を卒業。


アメリカ全土で就職活動をした結果


ビザサポートをしてくれるミシガン州にある会社から内定をもらい


大好きな街ニューヨークに別れを告げ


ミシガン州へ移住することとなります。

ミシガン州へ移住後、半年足らずでパンデミックが発生

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若かりし頃の私と夫。笑

大学院を卒業後、ミシガンの「ミ」の字も知らないまま


ミシガン州へ移動し、新生活がスタート。


アメリカで初めての一人暮らし、初めての就職と全てが初めてのことだらけ。


徐々にミシガンでの生活に慣れ始めてきた矢先、パンデミックが発生。


毎日人と会っていた生活から一転、部屋にこもりきりの生活になり


独り寂しく過ごすことに。


追い討ちをかけるように就労ビザの問題が発生し、メンタル崩壊。


会社をクビになるかもしれない


アメリカから強制帰国になるかもしれない状況に追い込まれ


生きた心地がしなかった時期に


ミシガンで出会ったアメリカ人の友人達に、日々支えてもらっていました。



その友人グループの中にいた男性が今の夫です。


友人想いの穏やかで優しい男性で、2年の交際期間は精神面でかなり支えてもらいました。


そして「この人以上に素敵な人はいない!」と思い、結婚しました。

自分のアイデンティティが分からなくなる「アイデンティティクライシス」に陥る

ミシガン州で過ごした約4年間、ちょうど私がアラサーの時期。


夫とも出会えて結婚できたこと。


そして、コロナパンデミックの大変な時期に


多くの人に支えてもらいました。


そういった面では、めちゃくちゃ感謝していますが


一方で、精神的にもかなりきつくて


参ってしまっていた時期でもあるんです。





これまで暮らしていた「ニューヨーク州ニューヨーク市」と「ミシガン州」は全く違う場所。


ミシガンはアメリカの中でも田舎の州で


ニューヨークと違って、あまりダイバーシティなところではありません。


あらゆる人種が混じり合って社会を構成しているニューヨークとうって変わって


私が経験したミシガンでの生活は


人種でパカっと分かれているような感じでした。


当時、私がいた環境は「白人社会」と言いきれるほど


白人の方々が多く住む場所。


そこに、アジア人の移民として住んでいると


「自分がマイノリティである」ということを、日々強く実感させられました。


そのような生活の中で


「この白人社会に馴染まなければ、アメリカでは生きていけない」


と思うようになり


次第に、日本人である自分に対して


劣等感を強烈に抱くようになりました。





一方で、日本にいる友人達と話をしたり


SNSで日々の生活を見ていると


なんだか妙な「違い」というものを感じるように。


当たり前ですが、日々お互い見えている世界があまりにも違うんですよね。


私が見ているのは「アメリカでの生活」


対して、友人達が見ているのは「日本での生活」


見えているものが大きく違うことで


だんだんと会話の内容に大きなズレを感じるように。


次第に、会話の仕方がわからなくなり


気づいた時には、自分のことを素直に話せなくなっていました。





同時に、当時していた仕事も全然自分に合っていなくて。


面接段階で聞いていた内容と現実は、まあ大きく違っていたんですよね。


それに、留学生としてアメリカで就職することは


ビザのこともあり、めちゃくちゃ大変で。


自分が「やりたいこと」よりも


「ビザがおりる仕事」に就く必要があったので


その仕事を約4年間も続けることになりました。





ミシガンでの生活は、楽しいこともありましたが


ほとんどの時間は辛くて、常に焦燥感でいっぱいでした。


アメリカは日本に比べて物価が高く、ビザのこともあったので


たとえ夫と結婚しても、当時の仕事を簡単にやめられなかったこと。


それに、当時の私を取り巻く人間関係の多くは


現地のアメリカ人と築かれており


彼ら彼女らにとって、私が見えている世界を


本当の意味で理解したり共感することはかなり難しいこと。


同時に、日本人の友人達にも


自分の心の中を話せなくなっていった結果


もう自分が誰だかわからなくなり、日々ストレスでいっぱいで。


気づいた頃には、人と話すことも会うことも


連絡をとること自体もやめてしまい…


自分の殻に閉じこもるようになっていました。

人生で初めて、本当の意味での就職活動を行なった33歳

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32歳@コロラド州

夫との結婚を機にミシガン州を出て別の州へ移住することに。


夫婦で検討した結果、2023年5月にアメリカ山岳部のコロラド州へ移住。


同時に仕事も退職。





今後どうしていこうかと考えた矢先


日本にいた頃からずっと興味があったデザイン業界への転職を決意。


ひとまずUX/UIデザインのオンラインコースに入り、10ヶ月ほど猛勉強しました。


でも、ちょうど私が就職活動を始めたころ


テック業界の雲行きがかなり怪しくなり…。


多くの会社から解雇者が相次ぎ


私のようなジュニアデザイナー始め、多くのデザイナーの就職難が続いていました。


そのような中で必死に就職活動をする傍ら


自分自身がデザイナーとして、やりたいことや向かいたい方向性を考えた時に


UX/UIデザインだけじゃなく


UX/UIデザインを含めたデザインやクリエイティブ全般の仕事に興味があるのでは?と考えるように。


そうこう考えて就職活動を進めていた矢先


現在勤めているデザイン事務所から


フリーランスとして仕事を少しずついただけるようになりました。




この1年間、毎日家で独り勉強と就職活動に明け暮れ


自分自身と向き合うことがたくさんありました。


私が人生で初めて就職活動を行なったのが21歳の頃。


自分と向き合うことが大の苦手だった私が


初めて自分自身に対して素直に、自分の意思を尊重して決めた仕事を通じて


毎日めちゃくちゃ充実した幸せな時間を過ごしています。

情報発信を始めたきっかけ

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このブログを始めようと思った一番のきっかけは


日本でニューヨーク移住を目指していた頃


ニューヨーク在住の日本人の方達のブログやYoutubeが


めちゃくちゃ支えになったことなんです。


先に書いたように、私は大学生の頃から海外移住を夢見ていました。


けれども、当時はここまでインターネットが発達していなかったので


海外移住の情報がまったくといっていいほどなかったんです。


それで海外移住を断念して、新卒で日本の会社に就職することにしました。


でも、25歳でニューヨーク移住を夢見るようになってから


念願ニューヨーク移住を果たし


今こうやってアメリカで暮らしていけてるのは


紛れもなく、あの頃インターネットで情報発信をしてくださっていた方々がいたから。


おおよそ2万キロも離れているニューヨークと日本。


この距離がグッと縮まり、人一人の人生を大きく変え


私の夢を叶えさせてくれたのが、実はインターネットだったんです。




使い方次第で、良い方向にも悪い方向にも行けちゃうのがインターネット。


いろんな悩みを抱えて日々過ごしている人はたくさんいることでしょう。


先に書いたように、私自身日本に住んでいた頃


日本でこのまま暮らすことへの不安を感じていました。


そして、アメリカ生活を経験し


今では「日本を含めたどこの国でも暮らしていけるだろうな〜」


なんて楽観的に考えられるようになったほど。


それは、異国での生活を通じ


色んな人、社会、文化、そして価値観が


この世の中には存在しているということを知り…


少しの余裕ができたことが一番の理由だろうと思います。


この経験を踏まえて、自分がこれまで見てきたものや身につけた価値観を


次は、誰かに伝える番だという想い


そして、過去の私と同じように自分の人生に悩んでいる人に対して


寄り添える人になりたいという想いから


この発信活動をスタートしました。

このブログで伝えたいこと

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このブログで私が伝えたいことは

未来は自分の力でつくる


ということ。


私自身、20歳で経験したイギリス留学で


「20代で海外へ移住する」ということを夢見るようになりました。


日本生まれ日本育ち、学歴職歴ともに輝かしい経歴はなく


英語が全く話せない私にしてみれば、海外移住なんて「夢のまた夢」だったと思います。


でも、当時からずっと強く思っていること。それは


今生きている人生は

自分が主役だということ


そして

人生は一度きり


だということです。


当時の私は


「この夢を叶えられなかったら一生後悔する」


と思っていました。


あの頃から10年以上経ち


今でこそアメリカで生活を送れていますが


一足飛びにここまで来たわけではありません。


自分の夢に向かって、毎日少しずつ少しずつコツコツと小さな努力を積み重ねました。


その過程で一つずつ乗り越えていき、今の自分がいます。



みなさんの中できっと


「こんな自分になりたい」
「あんな生活を送りたい」


というように


自分自身の将来に対して「思い描く未来」があると思います。


その未来は、他の誰でも無い「自分自身」で作り上げるものなんです。

未来に対して「悲観」し、社会や世の中に振り回されるのではなく
未来に対して「希望」を持ち、自分の思い描く人生を歩んでほしい



そう強く思っています。


そして、このブログでは私が考える

現代社会を生き抜き、自分の思い描く未来をつくっていく


ために参考になりそうなトピック(キャリア・留学関連・アメリカ文化)を中心に


記事を上げていこうと思います。




私自身「20代で海外移住」という夢は叶えました。


しかし、これから叶えたい夢がまだまだたくさんあります。


そして、アメリカで生活を送る今でも悩みはつきません。


私もまだまだ挑戦者。


それぞれが思い描く素晴らしい未来を私と一緒につくっていきましょう!

ヨロシク!

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